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大阪高等裁判所 平成10年(ネ)2136号 判決 1999年11月10日

第二一三七号事件控訴人兼第二一三六号事件被控訴人(以下「第一審原告」という。)

田畠耕一

右訴訟代理人弁護士

木村治子

野口善國

第二一三六号事件控訴人兼第二一三七号事件被控訴人(以下「第一審被告」という。)

日産火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

佐藤隆太郎

第二一三六号事件控訴人兼第二一三七号事件被控訴人(以下「第一審被告」という。)

大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

瀬下明

右両名訴訟代理人弁護士

島林樹

工藤涼二

春名一典

野垣康之

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  第一審被告日産火災海上保険株式会社は第一審原告に対し、金一五〇〇万円、及びこれに対する平成七年七月七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  第一審被告大東京火災海上保険株式会社は第一審原告に対し、金三五〇〇万円、及びこれに対する平成七年七月四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

四  第一審原告の第一審被告らに対するその余の請求を棄却する。

五  第一審被告らの控訴を棄却する。

六  訴訟費用は、第一、二審を通じ、第一審原告の支出した費用のうち、九万円を第一審被告日産火災海上保険株式会社の負担、二一万円を第一審被告大東京火災海上保険株式会社の各負担とし、その余は各支出者の負担とする。

七  この判決は、第二、三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  申立

(第一審原告)

一  原判決を次のとおり変更する。

二  第一審被告日産火災海上保険株式会社は第一審原告に対し、金三〇〇〇万円、及びこれに対する平成七年七月七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  第一審被告大東京海上保険株式会社は第一審原告に対し、金七〇〇〇万円、及びこれに対する平成七年七月四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

四  仮執行宣言

(第一審被告ら)

一  原判決中第一審被告ら敗訴部分を取り消す。

二  右取消部分にかかる第一審原告の請求を棄却する。

第二  事案の概要

一  二以下に当審における双方の主張を付加するほかは、原判決事実摘示(第二事案の概要)のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決五頁四行目の「約一億円をかけて新築し」、一一頁四ないし一〇行目及び二八頁四行目の「破れる程度に強く」を削る。

二  当審における第一審原告の主張

1  本件火災の発生原因について

(一) 第一審被告らは、本件火災が通電火災であることを、合理的な事実に基づいて立証する責任を負うものであり、タバコの火の不始末が原因でないことを立証できたとしても、本件火災が通電火災であることを立証できたことにはなちない。

(二) 本件火災の原因として、第一審原告の長男のタバコの火の不始末である可能性を否定することはできない。

2  免責条項の解釈について

(一) 火元火災に第三類型の適用はない。

すなわち、マンション等分割された各建物にも価値があるような場合でなく、本件のような一戸建ての建物の場合は、「延焼拡大」という概念は適用されない。このような場合、他の建物に延焼した場合に比べると、損害額も小さいので、免責を認めなくても保険会社に過大な負担を強いることにはならない。仮に、火元火災にも第三類型が適用されるとしても、地震により拡大した損害の範囲については、保険会社が主張・立証・責任を負うべきものであるから、その損害の範囲が明らかにされないときは、保険会社は全損害について保険金支払義務を負う。

(二) 第一審被告らは、火元及び火元に近い家には平常時でも延焼拡大した可能性があることを理由に火災保険金が支払われ、火元から遠くなるにつれて同保険金が支払われにくくなるという不合理な結果となると主張するが、第三類型が設けられたのは、火元の火災が他の建物に類焼した場合に保険会社に莫大な負担が生じるのを避ける趣旨によるものであるから、延焼が大規模になるに従って免責の範囲が増えることとなり、何ら不合理ではない。

3  損害評価について

(一) 本件火災は、仮に平常時で消火活動に影響がなかった場合にもボヤ程度で済んだはずはなく、相当程度の火災になっていたと考えられる。これによって生じた損害は、燃燬による損害のほか、汚損や水損による損害を含めると、その評価としては全焼と異ならず、全損と評価されるべきである。

(二) 第一審被告らは、本件建物の保険価額の算定に関して、固定資産評価額を持ち出しているが、固定資産評価額が時価額でないことは明らかである。

三  当審における第一審被告らの主張

1  本件火災の発生原因について

(一) 神戸市消防局の調査によれば、本件地震発生後の火災状況は、地震発生日に集中しているが、その時間的経過は午前六時までに六〇件、午前七時までに七〇件、午前八時までに八五件(いずれも累計)と地震発生後二〜三時間の間に多発し、それ以降も継続している。しかも、地震による電気火災の態様には電気器具関係、照明器具関係、電線コード類、屋内配線関係、電気設備関係等様々な態様があり、本件地震に関連した火災一七五件のうち発生源が「電気関係」と特定された火災だけでも全体の四分の一に相当する四四件、電気によって出火した疑いのあるものを含めると半数以上になる旨報告されている。

(二) 本件火災の出火原因の解明にあたって重要なことは、微視的な自然科学的解明に重きを置くあまり、事件全体の解明が失われないようにすることである。①本件火災は地震発生後二時間余り経過して出火したものであること、②本件地震の発生直後に停電があり、その後一時的通電があったところ、地震による線間短絡の火災例が現に多発し、通電から出火までを合理的に説明できること、③本件建物内の出火場所には電気以外の火源がなかったこと、④タバコの火の不始末を含む他の原因による可能性が皆無であることが重要な前提事実であり、これに経験則を当て嵌めることにより本件火災の地震起因性を推認することは十分に可能である。専門家である神戸市消防局、建設省建築研究所、科学技術庁等の行政的見解が結論として地震による通電火災と認定していることは、その意味で重要であり、一般の常識にもかなう結論であるというべきである。

第一審被告らが原審においてなした本件火災の出火原因に関する主張は、第一審被告らにとって可能な限りの主張をしたに過ぎず、これが否定されるからといって、本件火災の出火原因が地震にあることが当然に否定されるものではなく、電気火災であるとの事実上の推定を覆すに足りる反証が第一審原告側からなされない以上、右事実上の推定に基づく事実認定がなされるべきである。

(三) 第一審原告の長男のタバコの火の不始末が本件火災の出火原因である可能性はない。

2  免責条項の解釈について

(一) 火災保険の場合、免責要件の解釈においては、損害評価とは異なり、部分損害、半焼損害、全損害等に分割することは予定されていない。

また、地震と延焼拡大との間の相当因果関係は、延焼拡大して全焼したという結果に対して火元火災と地震とのいずれが優勢であったかによって決せられるべきであり、相当因果関係の存否はいわば悉無率(オールオアナッシング)で評価されるべきである。すなわち、現実に発生した結果に対して地震が決定的な影響を及ぼしたか否か、地震が最大の原因であったか否かという合理的な価値判断により判定されるべきものであり、仮定の事情を付け加えて判定されるべきものではない。そうしないと、火元及び火元に近い家には平常時でも延焼拡大した可能性があることを理由に火災保険金が支払われ、火元から遠くなるにつれて同保険金が支払われにくくなるという不合理な結果となる。また、火災保険と択一的関係にある地震保険との関係でも、地震保険金は「地震を直接または間接の原因とする火災によって保険の目的について生じた損害」に対して支払われるところ、分割責任論を認めると、地震を直接にも間接にも原因としない火災損害部分については地震保険金が支払われないことになるが、このような解釈を地震保険制度は想定していない。本件のような保険契約上の責任の存否の判断にあたり、分割責任を入れる余地はない。さらに、そもそも、①原因不明の火元火災及びその地震によらない延焼拡大部分の火災損害と、②地震による消防力低下等による延焼拡大部分の火災損害を一の建物について蓋然性をもって区別し、蓋然性のある損害額を推認することは保険実務として査定困難であり、このような困難を強いる解釈をとる余地はない。

(二) 仮に、右のような分割が免責要件の解釈において許されるとしても、免責条項は保険金支払義務の消滅要件を定めたものであるから、保険金請求者側において「免責されない範囲」を主張・立証すべき責任を負う。

3  損害評価について

(一) ボヤ程度の火災による損害が二分の一相当の焼失損害であるということはできない。

(二) 本件の場合、第一審原告側で書証を提出することにより容易に損害立証ができるのであるから、民事訴訟法二四八条の適用はない。

(三) 本件建物の平成六、七年度の固定資産評価額は二六〇六万四二〇〇円とされているところ、固定資産税を課税するにあたっての家屋の評価方法は「再建築価格を規準として評価する方法」をとっているから、本件建物の保険価額の算定にあたり大いに参考とされるべきである。

理由

一  出火原因

1  火災は、一般にその発生原因の証拠となるべき徴憑の多くを失うという特徴がある。このような火災のもつ特質に鑑みると、発生原因について厳格に過ぎる立証を求めることになると、主張・立証責任を負う側に酷な結果となることも予想される。しかし、証拠の多くが失われていることは、他方の当事者にとっても同様であって、その当事者が反証を提出することも困難であるし、もともとこのような性格を持つ火災について立証責任を定める保険約款が成立しているのであるから、立証の程度を緩和しすぎることは、保険約款を無視することにもなりかねない。

民事裁判における火災の発生原因の認定においては、様々な間接事実に基づき総合的に判断して原因の推認をするという手法をとらざるを得ない場合が多いといえる。これを本件火災に即していえば、①地震に起因する通電火災であることが合理的に説明可能であり、かつ、②他の原因が否定されることが立証されれば、一応本件地震に起因する通電火災であるとの推認が可能であるというべきであるが、結局は、右①、②の事実の立証の程度やその他の関係事実をも踏まえて総合的に判断するほかないというべきである。

2  第一審被告らは、神戸市における本件地震発生後の火災、特に電気火災の発生頻度に基づき、本件火災の発生原因も電気にあることを推定できると主張する。

乙三五号証(神戸市消防局編集、阪神・淡路大震災における火災状況・神戸市域、平成八年)によると、震災(平成七年一月一七日午前五時四六分)の日より一〇日のうちに計一五七件の建物火災が発生したこと、そのうち原因が特定できた五五件のうち、電気を原因とするものは三五件であること、そのうち電気により熱を発する器具(電気ストーブ、鑑賞魚用ヒーター、白熱灯、電気コンロ、トースターなど)の熱が近接した物に着火したものが三三件であること、地震により電源コードが損傷し、短絡・発火したものは六件が報告されているが、そのうち四件は地震による落下物が電源コードを損傷させたものであり、地震の揺れ自体が電源コードを損傷させ、その後の通電により火事に至った例は二件が報告されているに過ぎないことが認められる。すなわち、地震による建物の揺れ、その後の通電は地震区域の全ての場所で生じたものであるのに、地震の揺れ自体による電源コードの損傷から火事に至った例はわずか二件しか報告されていないのである。

本件においては、発火地点の近くでストーブなどの熱を発する器具があったとか、発火地点付近の電源コードが地震による落下物件により損傷された可能性があるなどの証拠はないから、地震を原因とする出火原因として残るのは、第一審被告らの主張する地震の揺れが電源コードを損傷させ、通電により損傷部分より出火したかとの点となる。

そうなると、地震直後に火災が多発したことから、本件建物の出火原因が地震によるものであるとは、容易に推認することはできず、前記1で判示の方法で原因を認定するのが相当である。

3  原判決三六頁六行目から五四頁三行目までの判示は、次に付加訂正するほか、ここに引用する。

(一)  原判決三七頁一行目から一〇行目までを削る。

(二)  原判決四〇頁七行目の末尾に「乙一七、一八及び証人林の供述中右認定に反する部分は、証人小山に照らして採用できない。」を加える。

(三)  原判決四二頁八行目の次に、改行のうえ次のとおり加える。

「 証人小橋は、本件地震でVVFケーブルが破れて火災になった例がある旨供述しているが、右は本件建物よりより海(南)側の事例であるとも供述しているのであるから、本件建物の屋内配線が本件地震により損傷した蓋然性が高いことの根拠としては不十分である。また、第一審被告らは、証人田畠和子、同岡本等によれば、本件建物の揺れも激しかったことが認められるから、屋内配線も強く引っ張られたと認めるべきである旨主張するが、本件地震の規模に照らせば、本件建物においても相当程度の大きな揺れがあり、屋内配線が相当強く引っ張られた可能性があることは否定できないものの、以上で認定した本件建物及びその付近の被害程度、VVFケーブルの強度、屋内配線の固定方法、前記一2に認定の事実等に照らすと、本件建物の揺れにより屋内配線が損傷した蓋然性が高いとまでは認められない。さらに、第一審被告らは、仮にVVFケーブルの被覆が破れなかったとしても、接続箇所が外れ、そこに短絡が発生した可能性もあるとの主張もするが、右もあくまで可能性に止まるものであり、その蓋然性が高いことについて的確な立証があるとはいえない。」

(四)  原判決四四頁七行目の末尾に次のとおり加える。

「第一審被告らは証人田畠和子の最初は本件納戸内には煙はなかった旨の供述は、同人が第一審原告の妻であること等に照らして信用できないと主張するが、反対証拠に乏しく同人の証言を排斥することはできない。」

(五)  原判決四六頁六行目の次に、改行のうえ次のとおり加える。

「 第一審被告らは、証人岡本によれば、同人は、本件建物にかけつけた際、各子供部屋を含む二階に何らの異常を感じなかったと供述しているところ、もし子供部屋1が出火場所であるとすれば同人は何らかの異常を感じたはずである旨主張する。しかし、同証人は、子供部屋2の内部は少し見た記憶があるが、子供部屋1の内部は見ていないというのであるから、その証言が同部屋が出火場所であることを否定すべき決定的な証拠であるとまでいうことはできない。また、第一審被告らは、子供部屋1が出火場所である可能性があるというためには、煙が天井裏に達するルートの説明ができなければならないが、本件ではそのルートとしては壁の内部の空洞部分しか想定できず、そうとすればやはり子供部屋1の壁の内部における何らかの電気による出火である可能性が高いということになる旨主張する。しかしながら、本件建物の構造の詳細は証拠上不明であり、かつ、子供部屋1が出火場所であるとして、その具体的な出火の箇所も不明であるから、第一審被告らの右主張事実は、同部屋が出火場所であることに疑問を差し挟む余地があることの根拠とはなり得ても、同部屋が出火場所ではないことを積極的に認定する根拠としては不十分である。」

(六)  原判決四八頁一行目から四九頁四行目までを次のとおり改める。

「(2) 右の各証拠のうち、証人岡本の証言は乙一七、一八にある他の付近住民の供述とも整合していてその信用性は高いと認められ、そうすると、午前八時前後にせいぜい一〇分程度の一時的通電があった事実を認定できるというべきである。

しかし、証人野々村及び弁論の全趣旨によれば、本件建物内で燻焼火災等が発生し、煙が建物外に出るには相当程度の時間を要することが認められるところ、証人岡本の証言等を前提にすると、右の一時的通電が原因で火災が発生したとすると、煙を目撃するまでの時間が短すぎることになる。第一審被告らは、右一時的通電と煙の目撃が接着し過ぎているというのであれば、さらにそれ以前に一時的通電があったかもしれないし、本件地震発生時に短絡が生じた可能性もあると主張するが、前者は裏付けを欠く想像に過ぎないし、後者も可能性としては肯定できるかもしれないが、その蓋然性が高いとまでは証拠上認められない。」

(七)  原判決五〇頁九行目の「二〇、」の次に「四〇、」を加える。

(八)  原判決五二頁三行目の末尾に次のとおり加える。

「乙三〇によれば、高速高限流型ブレーカーの場合にも出火を防止できないことがあるとの実験結果が報告されていることが認められるが、この事実によっても、本件の場合にブレーカーが正常に作動した蓋然性が高いとの右認定を覆すには足りない。」

(九)  原判決五二頁七行目の「小橋」の次に「及び神戸大学の室橋教授」を、五三頁一行目の「乙」の次に「九、」を、それぞれ加える。

(一〇)  原判決五三頁六ないし九行目を削る。

4  他の原因の可能性

(一)  証拠(証人田畠和子、同田畠豊)によれば、本件火災当時子供部屋1を自室として使用していた第一審原告の長男豊は、日頃から両親に隠れてタバコを喫煙し、その吸殻はペットボトルや空き缶に捨てて、室内に保管する等していたこと、本件地震の日は午前三ないし四時まで自室で勉強をしていたことが認められる。証人田畠豊は、本件火災の原因が自己のタバコの火の不始末にあると考えたことはない旨証言しており、同証言から、本件火災の出火原因が長男のタバコの火の不始末にある蓋然性が高いということはできない。しかし、同証言を前提に考えても、右出火原因がタバコの火の不始末にある可能性が否定されるとまではいえない。同証言によれば、長男豊も午前八時過ぎころに最初に煙を発見した以降に子供部屋1の内部を見ていないことが認められ、二階屋根裏から出火したと考えて、自己の部屋を疑ってみなかったとしても不思議ではないからである。

(二)  弁論の全趣旨によれば、本件では、タバコの火の不始末以外の原因による失火及び放火等の電気火災以外の他の原因による火災の可能性があるとの事実は認められない。

5  以上を総合すると、第一審被告ら主張の経過により午前八時ころの一時的通電が本件火災の出火原因となったことについては、その蓋然性が高いとは認められない。①本件建物の揺れは本件地震の被災地域の中では相対的に小さいものであったこと、②屋内配線の固定方法からその損傷の可能性が高いとはいえないこと、③出火場所が本件納戸とは断定できないこと、④一時的通電と煙発見の時刻が接着し過ぎていること、⑤阪神大震災の被災建物の全てでこのようなことが考えられるのに、現実にその原因により火事が発生した例は確認出来たところで二件に過ぎないこと等からすると、本件火災が第一審被告ら主張の経過による電気火災であることを合理的に説明できたことにはならないと考えられる。もちろん、第一審被告ら主張の経過以外の経過による電気火災を想定できないわけではないが、その蓋然性が高いことに関して具体的立証があるものでもない。本件火災が本件地震により発生した電気火災である可能性まで否定できるものではないが、神戸市東灘消防署も結局は原因不明としている(乙二八)のであり、本件火災が電気火災であることについて合理的な疑問が残るといわざるを得ない。

そして、他の原因が否定されるとまで認められないことも前記のとおりであり、第一審原告の反証の成否にかかわりなく、第一審被告らの立証によっては本件火災が電気火災であることを認めるには足りないというほかない。

結局本件火災の原因は不明というほかはない。

二  地震による延焼拡大

1  原判決五四頁五行目から六六頁五行目までの判示は、次に付加訂正するほか、ここに引用する。

(一)  原判決五八頁一〇行目、六一頁八行目、一一行目及び六二頁二行目の「ボヤ程度」をいずれも「比較的小規模」と改める。

(二)  原判決五八頁一〇行目末尾に次のとおり加える。

「第一審原告は、岡本らが本件納戸内に煙が充満しているのを発見したときの状況等から、本件火災は本件地震による消火活動への影響がなくても全焼に至ったと考えられる旨主張するが、前記認定の二階屋根付近から一気に火の手が上がるまでの間は煙が出続けていたという経過によれば、右の主張は理由がない。」

(三)  原判決六二頁九行目から六三頁末行までを次のとおり改める。

「 本項1(一)の認定事実によれば、本件火災は本件地震による影響がなければ二階天井裏又は子供部屋1及びその周辺の焼燬による比較的小規模の段階で鎮火した蓋然性が高いと認められ、これに本件建物の規模構造や消火作業による汚損、水損により生じたであろう損害も考慮すると、本件地震により拡大した損害は、後記認定の全損害の五割程度であると認めるのが相当である。右の割合については、事柄の性質上証拠に乏しくある程度概括的な認定とならざるを得ないが、前記の主張・立証責任の分配を踏まえて、裁判所が認定できた事実を前提に可能な範囲で認定するほかなく、これが許されないと解することはできない。」

2  第一審原告は火元火災に第三類型の適用はない旨主張する。

大量に同種の契約の締結があることを前提に、個別の契約に当然適用されることを想定して作成されるという保険約款の性質からすれば、その解釈は、文言の合理的な解釈によるほかないと解すべきである。そして、火災が地震による消火活動への影響等に基づき通常の場合に比べて火元の建物自体に大きな損害を生じさせた場合は、「延焼または拡大」のうちの少なくとも「拡大」に該当するというのが、右の解釈指針に沿った解釈であるというべきである。したがって、火元火災にも第三類型の適用はあると解される。

3  第一審被告らは、保険金請求者側において免責されない範囲の主張・立証責任を負うと解すべきであると主張する。

しかし、保険約款一条は火災によって生じた損害に対して保険金を支払う旨を規定し、例外的に免責される損害を二条で定めているのであるから、この例外事由に該当する損害がどれだけであるかは、保険会社の立証責任に属することは明らかである。

4  第一審被告らは、当審においても、免責はその火災による損害の全部に認めるか認めないかであり、その火災の一部の損害についてのみ免責を認めることはあり得ない(オールオアナッシング論)、オールかナッシングかは、地震がその延焼拡大による全焼に火元火災と地震とのいずれが決定的な影響を与えたかどうかで定めるべきであると主張する。

前記のとおり、保険約款の解釈は文言中心になすべきところ、「地震によって延焼または拡大して保険の目的に与えた損害」という表現からすると、免責されるのは火災による全損害ではなく、地震により延焼または拡大した部分の損害に限られることは明らかである。保険約款は、免責される要件を定める共に、免責される範囲(損害)をも定めている。第一審被告らの解釈は、保険約款の規定を無視したもので到底採用できない。しかも、第一審被告らのような解釈では、地震に関係のない火災損害まで免責されることになり不相当であるし、第一審被告らの主張する規準の「決定的な影響」は当裁判所の指摘にも関わらず具体的に明確とはなっていない。

三  支払うべき保険金額

1  証拠(甲三三ないし三五、三六の1ないし7、四一ないし四三、乙二八、四四の13ないし15)によれば、本件建物が全焼したことにより第一審原告が被った全損害(保険価額)は、本件建物については、①本件建物は平成五年四月に附帯設備を含む建物建築だけで八二四一万円余りを費やして建築されたものであり、坪単価で一一八万円以上の建築費を要したものであること、②右建築費用からすると、本件建物は比較的耐用年数が長い建物であったと推認できること、③建築から本件火災までの期間が二年足らずに過ぎず、その間の物価の変動も僅少に止まったことからすると、少なくとも八〇〇〇万円、また、本件家財については二〇〇〇万円であると認められる。第一審被告らは、建物建築に八〇〇〇万円以上の費用をかけたとは信じられないと主張するが、第一審原告は的確な証拠をもって立証しており、第一審被告らの右主張には根拠がない。また、乙六二の3により認められる本件建物の平成七年度の固定資産評価額が約二六〇〇万円であることも、右の認定を左右するものではない。本件家財の損害評価につき、第一審被告らは甲三三には一般的な統計値としての意味しかなく、これに従って評価することは相当でないと主張するが、甲四四により認められる第一審原告の収入額からすると、本件家財の損害を甲三三に基づき二〇〇〇万円を下らないと認めることには合理性があるということができる。

2  以上のとおり、第一審被告らが免責されない本件火災による損害は、本件建物につき四〇〇〇万円、本件家財につき一〇〇〇万円であるところ、第一審被告らがそれぞれ支払い義務を負う損害保険金額を約款四条1項、3項、4項及び5条に基づいて算定すると、第一審被告日産火災は本件建物につき一五〇〇万円の、第一審被告大東京火災は本件建物につき二五〇〇万円、本件家財につき一〇〇〇万円の支払い義務を負うことになる。

3  そうすると、第一審原告の請求は右額の損害保険金および、これに対する訴状送達の翌日からの年六分の割合の遅延損害金の支払いを求める部分に限り理由がある。

四  よって、第一審原告の控訴に基づき原判決を主文のとおり変更し、第一審被告らの控訴を棄却することとする。

(裁判長裁判官井関正裕 裁判官前坂光雄 裁判官將積良子は、填補のため署名押印できない。裁判長裁判官井関正裕)

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